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「もや」のかかった温かい巨大ガス惑星

 福井暁彦研究員(国立天文台)、大学院生の川島由依さん(東京大学)、生駒大洋准教授(東京大学)らを中心とする研究チームは、太陽系外惑星(以下、系外惑星)のなかでも比較的温度の低い巨大ガス惑星「WASP-80b」の大気を観測したところ、大気中に「もや」がかかっている可能性があることを発見しました(図1)。大気の温度は摂氏300〜500度程度と推定され、地球に比べると高温ですが、摂氏1,000度を越えるような灼熱の惑星が多く発見されている系外惑星の中では「温かい」部類に入ります。およそ摂氏700度以下の大気には理論的に『もや』がかかりやすいと考えられていますが、そのような低温度の大気の観測はこれまでにほとんど行われていませんでした。今回の発見は、系外惑星の大気中に「もや」がどのような条件で生成されるかを解明する上で重要な手がかりになると期待されます。

WASP-80bの想像図

図1. 「もや」のかかった惑星WASP-80bの想像図。(クレジット:国立天文台)

トランジット系外惑星の大気観測

 地球から見て、主星の手前を通過(トランジット)するような軌道をもつ系外惑星のことを「トランジット惑星」と呼びます。トランジット惑星においては、惑星がトランジットをする際に主星の明るさが一時的に暗くなる現象(減光)を観測する事で、惑星の大きさを測ることが出来ます。さらには、主星の減光を様々な光の波長(色)で観測し、色ごとに惑星の大きさを測る事で、惑星がもつ大気の性質を調べることが可能です(こちらの記事「晴天のスーパーアース」も参照)。

温かい巨大惑星WASP-80b

 トランジット惑星の多くは主星のごく近く( 0.1天文単位以下、天文単位は地球と太陽の距離)を公転していて、通常それらの惑星の大気は灼熱の状態(摂氏1,000度以上)となっています。今回研究チームが観測した巨大ガス惑星「WASP-80b」も、主星からの距離がたった0.03天文単位しか離れていませんが、主星の温度が太陽型の星に比べて低いために、惑星の大気の温度も摂氏300〜500度程度の低い状態にあります。そのため、灼熱の巨大惑星のことを一般的にホットジュピターと呼ぶのに対し、WASP-80bは温かい巨大惑星という意味で、「ウォームジュピター」とも呼ばれています。WASP-80bのような、低温度の恒星のまわりの惑星は発見数がまだ少ないため、低温度の大気をもつ惑星の調査はこれまでにほとんど進んでいませんでした。

岡山観測所と南アフリカ天文台での観測結果

 WASP-80bの大気を調べる観測は、これまでに海外の研究チームによって可視光による観測はされていましたが、赤外線による高精度な観測はまだ行われていませんでした。そこで研究チームは今回、岡山天体物理観測所の2台の望遠鏡(188cm望遠鏡と50cm MITSuME望遠鏡)と南アフリカ天文台の口径1.4m IRSF望遠鏡を使用して、WASP-80bのトランジットを可視光から赤外線にかけて合計6色で観測しました(図2、図3)。その結果、赤外線で測定した惑星の大きさ(半径)が、可視光で測定した値よりもわずかに小さくなることが分かりました(図4)。この観測結果は、惑星がもつ大気の特徴について2つの重要な示唆を与えています。まず、色によって惑星の半径が異なるということから、WASP-80bは スーパーアースGJ3470b と同様に、厚い雲に覆われていない可能性が高いと言えます。さらに、可視光に比べて赤外線で惑星の半径が小さくなることから、この惑星の大気中には「もや」(微粒子)が漂っている可能性が高いことが分かります。なぜなら、大気中に「もや」が存在していると、大気がかすんで可視光はほとんど透過出来ませんが、波長の長い赤外線であれば大気を透過することが出来るためです。つまり、赤外線で見ると「もや」のかかった大気の厚さの分だけ惑星が小さく見えることになります(図5)。

WASP-80bのトランジットの観測データ(岡山天体物理観測所)

図2. 岡山天体物理観測所で観測された WASP-80b がトランジットする際の主星の減光を捉えたデータ。左と右の図はそれぞれ2013年8月13日と9月22日に観測されたデータ。上から3つ(緑、黄、橙)のプロットは50cm MITSuME望遠鏡で観測された可視光のデータ、一番下(赤)のプロットは188cm望遠鏡で観測された赤外線のデータを示す。(クレジット:国立天文台)

WASP-80bのトランジットの観測データ(南アフリカ天文台)

図3. 南アフリカ天文台の口径1.4m IRSF望遠鏡で観測された、WASP-80bがトランジットする際の主星の減光を捉えたデータ。左、真ん中、および右の図はそれぞれ2013年7月16日、8月22日、および10月7日に観測されたデータ。上から順に、Jバンド(中心波長1250nm)、Hバンド(同1630nm)、およびKsバンド(同2140nm)の観測データを示す。(クレジット:国立天文台)

観測波長ごとの惑星の半径の比較

図4. 観測波長ごとの惑星の半径の比較。色付きの丸は岡山天体物理観測所で得られたデータ(2回の観測の平均値)、色付きの四角は南アフリカ天文台で得られたデータ(3回の観測の平均値)、黒の中抜きの丸は海外の研究チームによる先行研究のデータを示す。今回の観測によって、惑星の半径が可視光(観測波長約1000ナノメートル以下(注))に比べて赤外線(同約1000ナノメートル以上)でやや小さくなることが分かった。水色の実線、ピンクの点線、および灰色の破線はそれぞれ、大気中に「もや」が存在しない場合、存在する場合、および大気が厚い雲で覆われた場合の理論モデルを示す。(クレジット:国立天文台)

 (注) 一般的には可視光の波長域は約380〜780ナノメートル、赤外線はそれよりも長い波長域を指しますが、天文学ではしばしば1000ナノメートルで両者を分けます。これは、可視光の観測に使用されるCCDの感度が1000ナノメートルあたりにまであることにちなんでいます。

可視光と赤外線で見たときの概念図

図5. 「もや」のかかった大気をもつトランジット惑星を可視光と赤外線で見たときの概念図。大気に「もや」がかかっている場合、可視光は大気をほとんど透過しないが、赤外線は大気を透過するため、赤外線で見たときに惑星がわずかに小さく見える(図の惑星のサイズは誇張して表示)。(クレジット:国立天文台)

惑星の空を漂う「もや」

 地球上でも、日本で近年よく見られる黄砂やPM2.5のように、空を漂う微粒子の影響で空がかすむ現象が見られます。また、太陽系内の惑星である天王星や、土星の衛星タイタンなどにも、大気を一面に覆う「もや」が存在する事が知られています。そのような大気中の「もや」は太陽光の入射を妨げる働きがあるため、「もや」が存在するかどうかは惑星の表層環境を知る上でとても重要です。
 天王星やタイタンに見られる「もや」は、大気中に豊富に存在するメタンガスが太陽光に含まれる紫外線と反応して生成される「ソリン」というタイプの微粒子の集まりです。メタンガスは大気の温度が約700度以下でないと安定に存在しないため、700度を越えるような灼熱の惑星には、ソリンは理論上存在しないと考えられています。一方、WASP-80bの大気は700度よりも低温であり、さらに惑星が主星に非常に近いために主星から多くの紫外線を受けています。つまり、WASP-80bには天王星やタイタンにみられるようなソリンが豊富に存在している可能性が高いと言えます。今回の観測ではまだ「もや」の種類までは特定出来ていませんが、もしこの「もや」がソリンだとすれば、今回の観測結果は理論的な予測と合致していることになります。研究チームは、今後この惑星の大気をより詳細に調べ、「もや」の詳しい性質を明らかにしていきたいと考えています。

論文掲載誌

この研究は米国天体物理学専門誌「アストロフィジカル・ジャーナル」2014年8月1日号に掲載されました。
タイトル:Multi-band, Multi-epoch Observations of the Transiting Warm Jupiter WASP-80b
著者:福井暁彦、川島由依、生駒大洋、成田憲保、他21名
論文へのリンク:
ApJ掲載版 http://iopscience.iop.org/0004-637X/790/2/108/article
arXiv(無料論文投稿サイト)版 http://arxiv.org/abs/1406.3261

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