OAISISで使っている検出器NICMOS3は、HgCdTeの256×256素子2次元検出器である。NICMOS3のような2次元検出器が広く使われるようになって、近赤外のデータ解析も基本的には光のCCDのデータ解析とほぼ同様の手法で行うことができるようになった。しかし、赤外検出器では、CCDに比べてバッドピクセル、ホットピクセルなどの欠陥ピクセルがはるかに多い。また、撮像観測は言うに及ばず、分光観測においてもOH夜光や熱輻射によるバックグラウンドが非常に大きい。さらに、ちゃんとした分光標準星がいまだになく、適当なスペクトル型の星を黒体として近似して使っているなどの特徴がある。
以下では、OASISの分光観測データのIRAFを使った処理方法を、遠方のクェーサーの場合を例に説明していく。
使うIRAFのバージョンに応じて、FITSが直接扱えないものは、まずdataio.rfitsを使って、すべてのフレームをIRAFフォーマットに変換する。ビット落ちを防ぐために、この段階でrealに変換しておくほうがよい。
OASISの分光モードでは、画面の左側や右側の一部がケラレていることがある。このケラレが、フラットフィールディングなどでフレームの平均値を求める場合に悪さをするので、あらかじめ、images.imcopyなどのタスクを用いて、けられている領域をカットしておく。この後、images.imexamineなどのタスクを使って、おかしなフレームがないかチェックする。
ダーク引きは、基本的には光の場合と同様、オブジェクトの積分時間と同じダークフレームを10〜20枚程度足し合わせたものを、このオブジェクトフレームから引く。
しかし、NICMOS3には入射光に対するメモリ効果があるため、同積分時間の一連のダークフレームを、imstatなどのタスクを使って、個々のフレームの平均値が大きく変わっていないかを気を付けなければならない。フレームの平均値が時間とともに減っているような場合、メモリ効果によるカウントがのっていると考えられるので、必要な精度に応じて、平均値の大きなフレームはダークフレームの合成には用いない方が良い。
imcombineなどを使って足し合わせた後、imarithで枚数で割って、ダークフレームを同じ積分時間の生データから引く。
基本的にはドームフラットを用いる。周囲の熱源からの影響を避けるため、ドームフラットをとる際には、光源をつけた状態 (オンフレーム) と消した状態 (オフフレーム) を取得し、その差し引きを行い、これをフラットフレームとする。このフラットフレームを規格化した後、ダークを引いた天体フレームを割る。
ドームを照らす光源(ハロゲンランプ)が暗く、フラットのカウントを稼げないような波長域(Kバンドの長い方)では、分光のフラットの代わりに撮像のフラットを用いることもある。
フラットフィールディングが終わると、上図のような画像が得られる。これは、クェーサーQ1011+250 (z = 1.635) のHバンドのスペクトルである。画面の上下が分散方向で、上のほうが長波長になる。また、1ショットでHバンドのほぼ半分強をカバーしている。このクェーサーの場合、ちょうどHα輝線がHバンドに入ってくる。画面中央やや右寄りに、うっすらと写っているのがクェーサーのスペクトルである。赤外検出器の欠陥ピクセルの多さ、OH夜光のバックグラウンドの大きさがお分かりいただけるだろう。
OASISでは、波長の較正はOH夜光を用いて行っている。IRAFのnoao.twodspec.identifyのcoordlistというパラメータをlinelists$ohlines.datにすることにより、OH夜光の波長較正データを使うことができる。
天体フレームのように十分OH夜光のS/Nがある場合、各フレームそのものをコンパリゾンとして使う。標準星のフレームのように、短い積分時間でOH夜光のS/Nがあまり良くなく、天体がはっきり写りすぎているものは、1セットのフレーム (通常5枚程度) をmedianで足し合わせ、天体を消して、これをコンパリゾンとして使う。
まず、noao.twodspec.identifyを使って、OH夜光の同定を行う。同じコンパリゾンを使う天体フレームがあれば、引き続きnoao.twodspec.reidentifyを使って同定を行う。OH夜光の同定が終わったら、noao.twodspec.fitcoordを使って、フレームがX軸が空間方向にY軸が波長方向になるような座標系を定め、noao.twodspec.transformを用いて天体フレームをこの座標系に変換する。
ここでは、天体フレームからOH夜光を差し引き、天体のスペクトルを引き出す。OASISでは、時間の経過とともに波長がずれていく (OH夜光がだんだん上のほうへずれていく) 現象が起こることが知られている。このため、点光源の場合、時間的に前後する天体フレームを引き合い、夜光をキャンセルするという手法は用いていない。現在我々が用いているのは、noao.twodspec.backgroundを使って、波長較正の終わった天体フレームのバックグラウンドを空間方向から内挿して差し引くという手法である。
天体のスペクトルがかからないように、注意深くバックグラウンドを差し引く領域を決めてやる。この場合、必ずしもフレーム全体の領域を選ぶ必要はなく、天体のスペクトルに近い領域のみを用いてもいい。タスク実行後は、上のようなフレームを得る。
OH夜光を差し引いた後、noao.twodspec.apallを用いて天体のスペクトルを切り出して1次元化する。標準星のように十分明るい天体の場合、apallがトレースしてくれるスペクトルでほぼ大丈夫だが、クェーサーのような微光天体の場合、ホットピクセルやバッドピクセルの影響をもろに受けるので、注意を要する。場合によっては、前後の標準星フレームを使って、トレースを決める必要もある。この際に、切り出すアパーチャの中心位置と大きさも決める。
上の図のクェーサーのスペクトルを切り出して1次元化すると、右図のようなスペクトルが得られる。これは、近赤外のHバンドに赤方偏移してきたクェーサーのHα輝線である。
近赤外の分光観測では、可視のような分光標準星は確立していない。そのため、観測天体に近くスペクトル型の分かっている標準星を黒体とみなして、波長感度特性および大気吸収の補正を行う。しかし、実際の星は恒星大気の吸収線が存在する。このため、通常は水素以外の吸収線が存在しないA型星を標準星として用いる。
まず、noao.onedspec.splotを使って、水素の吸収線をフィットして取り除く。次に、noao.onedspec.mkspecで星のスペクトル型に対応する有効温度の黒体放射スペクトルを作り、これを標準星のスペクトルで割って波長感度曲線を作る。このとき、バンドの中心波長の値が1になるように規格化しておく。この波長感度曲線を天体スペクトルにかけ合わせることにより、波長感度特性と大気吸収の補正を同時に行うことができる。
前述のように赤外では分光測光標準星が確立していないため、フラックスの較正も測光標準星を用いる。まず、測光標準星の有効温度に対する黒体のスペクトルを、noao.onedspec.mkspecを使って、バンドの中心が測光標準星のフラックスになるように作る。つぎに波長感度特性・大気吸収の補正まで終わった測光標準星のスペクトルで、この黒体スペクトルを割る (noao.onedspec.sarith)。すると、結果はほぼ一定値となり、検出器のカウントあたりのフラックス値が得られる。あとは、この値を天体スペクトルにかけてフラックス較正を行う。
フラックス較正まで終わった天体スペクトルは、noao.onedspec.scombineを使って足し合わせると最終的な天体のスペクトルが得られる。足し合わせる際にmedianなどを使うと、この段階まで残っているホットピクセルやバッドピクセルの影響を緩和することができる。