175 1.環境保護 岡山天体物理観測所における天体観測のためには 良好な観測環境、なかんずく夜空の暗さが不可欠で ある。観測プログラムの編成においても、主として 新月期には暗い天体の観測を、満月期には明るい天 体の高分解能観測、あるいは近赤外域の観測を行っ ている。当観測所が岡山県および近隣自治体の誘致 を受けて開設された経緯は、その後この問題に関す る地元の協力に引き継がれている。 当観測所の観測環境保護に関する事項を挙げる と、すでに開所以前の昭和32年(1957)に周辺の環 境を保全する一つの施策として「鉱区禁止」の決定 がなされた(P182資料参照)。これは観測所から半 径2km以内の地域では、鉱山の開発やダイナマイ トによる発破工事等を禁止するもので、内閣府に所 属する公害等調停委員会によって所轄されている。 平成12年(2000)には観測所の近くを通過する県道 矢掛−寄島線に遙照山トンネルが開通したが、岡山 県(井笠地方振興局)との緊密な協議の下に、工事 期間中の発破の振動を監視し、また、開通後の騒 音・光害の防止のために、看板を立てる等してドラ イバーの注意を喚起している(図6−5)。 国際的にも天体観測に対する夜間照明の影響は世 界各地の天文台で問題となり、国際天文学連合 (IAU)ではこれに対処するために第50委員会を設 け、検討を行った。そして、国際照明委員会(CIE) と協同して研究を進め、昭和55年(1980)に「天文 台近郊の都市光による空の明るさをおさえるガイド ライン(指導基準)」を発表した。これによれば、 天文台周辺地域の自治体等に対して、照明器具の種 類や設置・運用方法について規制や協力要請を行う よう、示唆している。 また、過剰な夜間照明は天体観測に障害になるだ けでなく、市民の夜の生活を脅かす。例えば、道路 脇の広告照明が交通の傷害になり、また付近の夜間 照明が睡眠を妨げる等の被害を及ぼす。さらには周 辺に生息する動植物にも、生育不全等の悪影響を与 えている。つまり、光害の防止はその根底では環境 保護に通じている。国(環境庁)も光害を一般の公 害に準ずるものとして位置づけ、最近(1998)「光 害対策ガイドライン」を制定した。都市部から山間 部までの個々の地域に対応した照明器具設置の基準 を示し、国家レベルで社会や地域における光害の防 止に乗り出している。 2.夜間照明と光害防止 観測所のサイトは十分な観測環境を調査した上で 決定されたが、開所の翌年(1961)には南東約 15kmの距離に位置する水島にコンビナートの建設 が始まり、またそれ以降の商業や工業の振興に伴い、 当観測所は夜間照明による夜空の明るさに悩まされ ることとなった(P177写真参照)。まず、夜空の明 るさを暗い状態で保つよう、以下に記述するように 種々の活動や要請を行い、協力をお願いしてきた。 そもそも光も過度になると害になるという認識、す なわち「光害(ひかりがい)」は、当観測所の活動 によって社会一般にも知れわたるようになった。 夜空の明るさは時刻や気象条件で大きく変動する が、現在の当観測所の状況は好条件のときで自然の 夜空の2倍〜数倍程度(天頂でV〜20等/平方秒) である。直接撮像観測では空の明るさが天体の背景 に一様な明るさで入り、また、分光観測においては ナトリウムのD線(589nm)とその付近、および水 銀のシャープな輝線が天体のスペクトルに重なって 顕著に現れる(図6−4参照)。前者は主に道路照 明に用いられている高圧ナトリウム灯からのもので あり、後者は蛍光灯や水銀灯等の一般家庭や小規模 の屋外照明からのものである。 光害防止対策としては、本観測開始の昭和37年 観測所と社会のかかわり 観測協力連絡会議
176 (1962)に観測環境保持について関係各方面と連 絡・懇談を開始した(参考資料  P182参照)。また、 昭和42年(1967)には文部省研究班による観測所周 辺地域の屋外照明調査および照明器具開発の研究が 行われ、周辺地域の屋外照明の設置基準を策定し、 光害の少ないタイプの照明器具の開発を議論した。 夜間照明についてお願いする基本は適正な照明器具 の設置と運用である。すなわち、a上方に光を逃 がさない笠付きのランプ(または照明方法)を用い る、s使用しない時間は消灯する、の2点である。 3.岡山天体物理観測所観測協力連絡会議 日本経済の高度成長の流れの中で、昭和47年 (1972)に組織された「岡山天体物理観測所観測協 力連絡会議」は、観測環境保全のために大きな役割 を果たしている。この会議は岡山県(環境保健部) が世話人となり、岡山市、倉敷市、井原市、笠岡市 を始め、観測所から半径20kmに位置する自治体と その商工会、国道工事事務所、本州四国連絡橋公団、 警察等の官公庁、水島コンビナートの企業体がメン バーとなっている。全体会議は国立天文台側は台長、 所長、管理部長出席の下で適宜開催されるが、学識 経験者による講演を持ち、メンバーに協力を仰ぐ場 となっている。 当観測所が個々の夜間照明の事例について協議や 交渉を行う際、岡山県や自治体との連携を取るため に、この会議は重要な拠り所となっている。例えば、 大規模な施設や工場・商店が建設される場合、主に 自治体からの情報を通じて、観測所職員が屋外照明 の設計段階で担当者と協議し、光害の少ない器具の 設置や照明方法を採用することをお願いしている。 一例として、水島コンビナートの煙突に敷設されて いる航空障害灯はグループとして扱い、該当の煙突 すべてに高光度のものを設置することをせず、また、 資材置き場の投光器は傘付きとして、その向きを観 測所に背を向ける方向に設置していただく等してい る。 個別の交渉の席上でも関係者間でその考えや判断 に相違があることは少なく、容易に調整・合意でき ることが多い。その理由は照明の設置目的が建物や 道路の照明にあり、暗い夜空を保つことと両立でき ることである。また、これらの措置は設置者から見 て地域への配慮や省エネルギーの観点からも好まし いことから、単に天文観測に協力するためというよ り、広く地域の自然や環境を保護する基本方針とも 合致することである。近年人工衛星から見た「夜の 地球」(図6−6参照)では、全体的に見ると日本 は世界一夜の明るい国であるが、エネルギー小国で あるわが国において、電気エネルギーの浪費は看過 できない問題である。 第6章
観測所と社会のかかわり 177 夜空の明るさの40年間の推移 観測所から見た南東(水島)方面の夜景 1963年 同一露出時間では空が明るくなって星が写らない 2000年
第6章 178 図6−4 天体のスペクトルに重なる夜間照明(CCDによる分光観測、疑似カラー表示) 水銀灯や蛍光灯の場合には何本かの強い水銀の輝線が現れ、ナトリウム灯の場合は波長5890ÅのD線の周辺が明るく輝く (*印は自然の夜天光、それ以外は人工灯) 図6−5 遙照山トンネル入り口(矢掛側) 道路脇の看板(岡山県が設置)は運転に対してライトを下向きにするよう呼びかけている 天体の スペクトル
観測所と社会のかかわり 179 図6−6 米国の資源探査衛星(DMSP)に搭載された高感度カ メラが捕らえた真夜中の日本(上:全国、右:中四国域) ・日本近海には海面で反射された集魚灯の光が見える ・季節は冬であるため、スキー場の照明も見える 提供:磯部 三、浜村しおみ(国立天文台) 岡山天体物理観測所位置 岡山 徳島 高知 広島