154 1.序 まず初めに、岡山天体物理観測所(OAO)の開 所40周年を心からお祝いしたい。又、74インチ望遠 鏡を導入し、「天体物理観測所」とした先人・諸先 生方の意気込みとその識見を改めて思い起こし敬意 を表したい。OAOの役割は、日本全体の天文学者 に天体物理学的センスで観測天文学を遂行する場を 与え、世界を視野に入れた研究の土壌を培うことに あったものとして記憶したい。40年間に、写真乾板 が固体撮像素子にとって代わられ、アナログからデ ィジタルヘの変換時期であった。それに応じて、 種々の観測機器が次々に作られた。東京大学の付属 天文台から国立天文台となり共同利用機関として、 観測プログラム決定の面で、競争的原理がそれまで 以上に個々の研究者に好むと好まざるとにかかわら ず意識されることとなった。このような74インチ鏡 周囲の状況の変化は、論文発表等の研究成果の公表 に否応なしに影響を与えた。これらを踏まえて、与 えられた課題、惑星状星雲と共生星関係のまとめを 試みたい。 2.惑星状星雲(Planetary Nebulae,PNe) 惑星状星雲研究の最大の課題は、中小質量星の進 化途上における質量放出機構と電離ガスが作る形態 の成因を明らかにすることである。輝線に関する物 理過程は、すでにほぼ確立していたから、PNeにつ いては電子温度・電子密度・化学組成を明らかにす るための基本情報として、輝線強度比を多数のサン プルについて測定することが必要であった。私自身 のPNeについての観測上の初仕事は、36インチ鏡光 電スペクトルスキャンナー* を用いたものだった (Tamura, 1970)。この装置では、オリオン星雲中心 部の構造を解析する仕事も行われた(Tamura, 1976)。尚、36インチ鏡では、山崎・橋本・神戸・ マラサンと共にNGC1501中心星の短周期変光を検 出するキャンペーン(Bond et a1. 1996)に加わっ た。PNeについては、その特徴である膨張連度場の 解析が、昔も今も重要であることに変わりはない。 これについての観測は、74インチ鏡で行われた。院 第5章 惑星状星雲と共生星 田村眞一 東北大学理学研究科教授 編集者注:*本誌ではグレーティングスキャン測光器と称 している。
155 生時代にマルティスリットを設計し、クーデ分光器 での観測を行ったが、写真乾板が主流であったこと と、イオンの階層構造を知るためのスリットレス分 光単色像を得ることの難しさとが重なり、みるべき 成果が得られなかった。NGC2392, 6543, 7662のよ うな明るいPNeでさえHα輝線を得るため、8時問 以上の露出を試みた頃である。その後、Image Intensifier(I.I.)が導入されたが、I.I.自身の ノイズも増幅されたため本質的改良にはならなかっ た。高分散スペクトルが順調に得られるようになる までには、1979−1980年頃のIDARSS(Intensifed Diode Array Rapid Scanning System)の導入まで待 たねばならなかった。IDARSSは一次元1024素子の 光検出器であったため、コンパクトなPNeが主たる 夕一ゲットになり(Tamura and Shibata,1990)、後 には視直径の大きいPNeまで含まれるようになった (Tamura et al. 1996)。Abell30(Yadoumaru and Tamura,1994)やIC4997(Tamura et al. 1990)のよ うな個々の成果と共に、約70個のPNeについて得た 膨張連度データの集約の最終段階にある。この仕事 に間連して、PNeの距離決定を試みたTajitsu and Tamura(1998)は、OAOでの直接の資料を使って はいないが関連した重要な仕事なので上げておく。 日本におけるPNe研究の成果としては、日中共同に よるNGC2242のPNとしての確認(Maehara et al. 1987)があげられる。OAOでのPNeの観測は、新 カセグレン分光器や近赤外分光器(OASlS)の開発 によって、新局面を迎えることとなる。カセグレン 分光器は、非常にfaintなPNeの分光診断を可能にし たし(Tamura and Weinberger 1995; Tajitsu et al. 1999)、OASlSでは、近赤外域での観測からPNeの 進化を論ずることを可能にした(Tajitsu,1999,博士 論文;Saito et a1. 1999)。Image Rotatorを備えた HlDESの登場によって、私の若い時期の苦闘が解消 されることになろう。今後もなお、74インチ鏡の活 躍の場が備えられていることを意味し、次世代の研 究者の働きに期待したい。 3.共生星 私の共生星研究は、偶然のことから始まった。14 等星以下の暗い星が短期間に増光し、その低分散ス ペクトルからPN形成の現場を示す天体ではないか と考えられたHBV475の出現であった。74インチ鏡 にカセグレンI.I.分光器が備えられたタイミング でもあったため、世界的にも同等の環境を得て競争 できる研究が始まった。HBV475に関する初期の基 本的観測は全てこの装置によってなされた (Tamura,1977, 1989)。この後、クーデ分光器と IDARSSの組み合わせによる、高分散スペクトルの 解析を行なう研究が主となる。しかし、日本での共 生星の研究はすでになされており、CH Cygについ ての有名なYamashita and Maehara(1979)の仕事 ある。又、PU VulについてのYamashita et a1. (1982)やKanamitsu(1991ab,1992)の仕事が続い た。CH Cygは、連星系である共生星として、例外 的にきわめて長い軌道運動周期を持っており Yamashita and Maehara(1979)は世界で初めて 5750日の周期を検出したが、そのための地道な努力 に敬意を表したい。ここには、中小口径望遠鏡を用 いた息の長い観測がもたらす成果として、今後の74 インチ鏡の使い方に関して示唆的でしかも教訓が含 まれていることが感じられる。共生星の研究の基礎 をなす観測資料は、変光星としての光度曲線や中低 分散のスペクトルである。変光周期は不規則ながら 100日程度から1000日以上にも及ぶ。日本では測光 については、天候とこの長期にわたる観測のことを 考え、初めからあきらめ外国との連携に期待するこ とにした。歴史的に長い伝統を持つ、Tatranska Lomnica(旧チェコ・スロバキア、現スロバキア) の研究者との共同研究がはじまることとなる。その 成果がいくつかの論文になっている(Skopal et a1. 1996ab,1997;Chochol et a1. 1998)。一般に、共生 星は測光だけではなく高分散スペクトルでも種々の 尺度の時間変化を示すので、これを考慮した輝線輪 郭の解析には常に非常な困難が伴う。これを統計的 に解析する手法を提示したのが、Ikeda and Tamura (2000,submitted to PASJ)の成果である。HBV475 が連星系としたとき、外国での仕事は、きわめて不 自然なMass Functionを示したが、上記手法を用い た詳細な解析からrealな結果を与えこの問題を解決 したのはIkeda and Tamura(2000)である。 4.おわりに OAO開所40周年という節目で、与えられた分野 研  究
156 のまとめを私流に試みた。私自身が関与した論文に ついて、かなり省略したことは許されるとしても、 日本全体の研究の完全なまとめになっていない危惧 がある。欠けている点については、ご容赦願いたい。 例えばPNeのProgenitorsであるPost‐AGB関係は、 このまとめに含めなかった。引用した論文について は、岡山文献リストに従って各著者について検索し ていだたきい。 第5章 元観測所副所長の石田五郎氏は石田語録を多く残した。その中にいろはカルタがあるが少し紹介し てみよう。 ¡夜食の後には手を洗いましょう(バターなど汚れた手で大事な観測機器に触るな) ¡ニュートン地獄、クーデ極楽(冬の−10℃にも冷えて込んでいるときニュートン観測台に乗って 1時間もガイドをしていると手足の感覚がなくなってしまう。一方暖房の効いたクーデ室でガイ ドをするのはさほど苦にならない) ¡鞆雲は1時間(観測所から西南方向に雲が出てきたら1時間後には曇る) ¡ニュートンからリンゴが落ちる。(ニュートン焦点で観測をするときはポケットから物を落とさな いように注意しなさい) ¡睡眠も芸の内(観測中、曇って待機している少しの時間でもすぐ眠れると疲れがまるで違う) ¡赤外終わって黄色フィルター(分光観測で8000Å(1次光)より長波長を観測する時には2次光の 4000Åの波長が重なる。そのため、よく短波長をカットするために黄色フィルターを用いる。次 の観測に4000Å付近を観測するときに黄色フィルターを取るのを忘れると何も写らないことにな る。観測所ではそのような失敗をすると”ヨタローサン”と呼ばれていた。ヨタローとは落語に 出てくるヨタローサンのこと) ¡念には念の導通テスト(写真乾板時代は今のように試し撮りというわけにはいかずいきなり長時 間露出もよくある。観測終了時には分光器のコリメーターの蓋をする。観測開始前に蓋をとるの を忘れて観測、現像後何も写らないことになる。よくある失敗である) ¡オーバーロードはリレー(188cm望遠鏡の旧制御系は機械式リレーロジックであった。分光観測中 にスリットから星がずれると観測者はハンドセットを使用し望遠鏡の微動操作を行う。シーイン グの悪い日などに気の短い観測者がハンドセットのボタンを頻繁に押すとリレーも頻繁に働き、 モーターも正転、逆転を繰り返し、過電流が流れリレーは加熱し、非常停止になる。オーバーロ ードリレーが働き観測中止となり夜間当番の出番とあいなる) ¡油断大敵雪の花(曇っているからといって安心していると(スリットも閉めずに)、主鏡の上が白 くなるよ) ¡乾板かえたらかけこむトイレ(特に寒い冬、ドーム上部の吹きさらしのニュートン観測台でガイ ドをしていると用をたしたくなるが、他人に代わってもらうわけにもいかず我慢することになる。 露出が終わったらトイレに走ることになる。又、そのようにならないように露出の前には用をす ませておけ)