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40年前の1960年10月23日、京大で開かれた天文学
会秋季年会のエクスカーションのような形で、開所
したばかりのOAOの見学会が行なわれ、学会出席
者中の100人ほどが、京都から鴨方へ移動した。そ
の一人であった私が初めて目にした188cm望遠鏡
と、それを容れるドームの威容に心を躍らせた記憶
は、今なお鮮烈である。
東京天文台の年次報告を見ると、62年度に観測プ
ログラムによる188cmの本観測が開始されて以来、
毎年度のテーマと観測者が記載されている。ニュー
トン焦点での銀河撮像だけでも、北大・東北大・東
大・東京学芸大・名大・岐阜大・京大等の各グルー
プが、一般銀河の他、セイファート・クェ一サー・
スターバースト・コンパクト等各種の特殊銀河、お
よび銀河団を対象とした観測に、こもごも取組んで
きた軌跡を一覧することができる。
昔話になるが、60年代初期は文部省科学研究費の
交付がかなり普及してきた頃で、私たち恒星系・銀
河関係のグループでも、総合研究費の配分を受けて、
夏休み期間などを利用した泊りがけ研究会の開催が
恒例となってきていた。研究会がOAOでの観測に
ついての検討の場となったことはいうまでもない。
木曽のシュミットや、国立天文台のすばるが実現す
る原動力となった望遠鏡将来計画の討論も、研究会
の大きなテーマであった。
紙数が限られているので、ここでは私自身と周辺
グループの、銀河観測研究の跡を回顧するにとどめ
たい。私が65年にニュートンでの銀河撮像を始めた
当初は、各種形態分類型の銀河ごとに、長軸ぞいの
表面光度曲線の標準パターンが決められないかとい
うことを考えていた。もしそれができれば、ある型
で距離が既知の銀河の光度曲線と、同一型一般銀河
のそれとを比べることで、後者の距離もわかること
になる。しかし、銀河ごとの光度分布はまことに多
様複雑であることがわかり、私の考えが甘かったこ
とを思い知らされた。60年代末のちょうどその頃、
シュミット望遠鏡の建設が具体化し、一挙に多くの
測光サンプルを得る可能性が見えてきて、何とか研
究の希望をつなぐことができた。
私たちに続いて銀河の写真測光と取組むようにな
った岡村・濱部らのメンバーと、銀河の光度階級対
測光特性の相関に興昧をもった小平・家らのメンバ
研 究
銀河の撮像観測
高瀬文志郎
東京大学東京天文台名誉教授