138 わが国での恒星の分光観測・測光観測は、岡山天 体物理観測所に設置された188センチメートルおよ び91センチメートル反射鏡の活用によって、はじめ て本格化した。2年後に堂平観測所で稼動を開始し た91センチメートル反射鏡も、恒星の観測研究を分 担し、また三鷹構内の30センチメートル反射鏡も継 続的な光電測光観測に使用されている。 東京天文台における恒星の天体物理学的研究は昭 和35年(1960)以来、特異星の研究を中心として進 められてきた。1970年代には恒星進化の理論的研究 の発展とあいまって、この方面の研究は急速に進展 した。1970年代には特異星大気内の運動、磁場、恒 星外層大気、連星の問題などの重要性が認識され、 高分散スペクトルによるこの方面の研究も進められ た。また観測研究と相表裏して行われた恒星物理学 の理論研究も少くない。以下に、1960〜70年代の、 主なものを列挙する。 岡山の成果第一号として、昭和39年(1964)、大 沢清輝によって出版されたA型特異星(Ap星)のカ タログがある。これは200個のAp星と250個のA型星 について、新しい分光分類を試み、またそれらの三 色測光の結果をまとめたものである。その過程で発 見されたAp型特殊変光星HD221568は、大沢の星と 通称されている。この星の測光および分光観測は、 大沢はじめ恒星分類部と岡山観測所のスタッフによ って行われ、周期160日で明るさと色が変わること がわかった。また小平桂一は、スペクトルと色曲線 の精密な解析により、この星の大気構造と化学組成 に関する新しい見解を導いた。 Ap星および金属線星(Am星)の研究はその後も 継続されて、マンガン型Ap星の紫外域におけるス ペクトル分類、Am星の磁場の測定、Am星・Am型 食連星の連続スペクトルの研究、詳細な分光解析、 Am星の変光および視線速度の周期変化の発見など 多くの成果が残されている。 O型超巨星の分光観測とそのモデル大気による 解析は寿岳潤・高田昌英によって行われた。小平は B型主系列星の詳細な分光学的解析を試み、視線速 度の観測から自転速度の遅い星は長周期の連星系で ある可能性を指摘し、牛飼座ラムダ型星の化学組成 を決定し、また白色矮星シリウスBの分光学的研究 を進めた。 水素欠乏星について、成相恭二は、分光観測お よびそのモデル大気による解析をもとに、化学組成 は主としてヘリウムであることを証明した。また、 Hα輝線の周期変化およびHα短波長吸収成分の長 時間変化を発見し、これらの変化を連星モデルで解 釈することを提唱した。末元善三郎はG・K型星の 電離カルシウムH・K輝線の高分解能観測および星 の彩層の微細構造モデルの研究を、近藤雅之は弱線 星の分光学的研究と化学組成の決定を、西村史朗は バリウム星の分光測光と元素の定量を行った。西 村・石川雅章は楯座デルタ型変光星の連続スペクト ルの研究を行った。 山下泰正は、炭素星について、つぎのような一 連の研究を進めた。すなわち、290個の炭素星の分 光分類および赤外色温度との関係、光電測光法によ る炭素星の分光分類、SC型星の近赤外スペクトル の解析、CH星・CH類似星の統計的研究などであ る。 鯨座UV星などのフレアの長期モニター観測は 1967年以降、大沢・市村喜八郎らによって継続実施 され、観測結果およびそれらの統計的研究はその都 度発表されている。またフレア星の高分散スペクト ル線のゼーマン効果の観測、1975年8月3日に起った 蜥蜴座EV星の大フレアの研究、フレア星のエネル ギー放出特性の研究が行われた。連星については石 田五郎による実視連星系の視線速度変化の研究、成 相恭二によるAp型分光連星の軌道決定、触型、伽 型分光連星をふくむ諸連星の自転速度と公転周期、 第5章 東京天文台時代の観測研究 −東京大学百年史(部局史3,1982年発行より)
139 スペクトル型などとの相関の研究、およびガス殻星 の連星モデル、大熊座W型接触連星におけるエネル ギー輸送および循環流、接触連星からの質量放出お よび質量放出の連星軌道に及ぼす影響や進化などの 理論的研究がある。また近藤雅之・岡崎彰はペルセ ウス座べ-タ星のナトリウムの定量を行い、中桐正 夫は長周期変光星の三色測光を実施した。 共生型変光星については、ミラの伴星などの三 色測光と短時間変化の観測、ミラ伴星の分光観測と 回転円板モデルの提唱およびミラからの質量放出率 の測定など一連の研究があり、共生型と考えられる 特異星の測光および分光観測も行われた。 新星についても多くの研究がある。すなわち、 1967年以来、蛇座新星1970、鷲座新星1970、楯座新 星1970、白鳥座新星1975、小狐座新星1976など数個 の新星についての三色測光観測から、光度曲線・色 曲線が求められ、海豚座新星1967、白鳥座新星1975、 小狐座新星1976についての分光観測からは、スペク トル変化や視線速度曲線などが求められた。これら の観測は恒星分類部および岡山観測所のスタッフに よって行われ、観測結果はその都度発表されている。 また新星の連続スペクトルの研究、高分散スペクト ル解析、および成相による新星モデルの理論的研究 と新星の起源・進化・爆発の一般的議論なども行わ れた。 岡山観測所における恒星の分光分類の成果が、 山下・成相・乗本祐慈によって、スペクトル・アト ラスとして昭和51年(1976)に出版された。また測 光、偏光観測法の基礎的研究は西村・清水実を初め として継続されており、整約法、装置の開発研究が 進められている。 X線星蠍座X1の光学的同定は世界最初のもので あり、昭和41年(1966)東大宇宙航空研究所の小田 研究室に協力して、大沢・寿岳・石田を中心に行わ れた。その後も、この星について、X線との同時観 測や短時間変化の観測や、そのスペクトルの時間変 化の観測を続行した。その他のX線星および赤外線 星、パルサー等の光学観測も、しばしば行われてい る。星間ガスの重力収縮や星間雲の進化の理論的研 究として、西村は、水素分子スペクトルに関する一 連の理論計算を行い、その結果を用いて中性水素領 域における星間ガスの冷却過程の研究を進めた。 銀河についても諸種の研究が行われている。高 瀬文志郎は約20個の渦状および不規則銀河につい て、質量、角運動量等の力学量の間に規則的な関係 があることを導き、また銀河の色超過と超銀緯の相 関を明らかにした。岡村定矩は高瀬とともに、岡山 天体物理観測所で銀河の写真観測を続けてきたが、 そのうち5個の棒渦巻銀河の表面測光結果を求め、 さらに楕円銀河NGC3379や、渦巻銀河NGC2403等 の測光解析を行った。これらは岡村が開発した計算 機による測光データ解析法を有力な手段として、銀 河測光を銀河諸特性の定量的な解析に発展させる試 みの出発点となった。 なお岡山天体物理観測所での銀河研究としては、 上記表面測光のほか、寿岳潤が京大および名大のス タッフと協同で行った特異銀河NGC2903、蜥蜴座 BL型天体のOJ287、髪毛座銀河団中の特異銀河の写 真および分光観測とその解析がある。 研  究