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わが国での恒星の分光観測・測光観測は、岡山天
体物理観測所に設置された188センチメートルおよ
び91センチメートル反射鏡の活用によって、はじめ
て本格化した。2年後に堂平観測所で稼動を開始し
た91センチメートル反射鏡も、恒星の観測研究を分
担し、また三鷹構内の30センチメートル反射鏡も継
続的な光電測光観測に使用されている。
東京天文台における恒星の天体物理学的研究は昭
和35年(1960)以来、特異星の研究を中心として進
められてきた。1970年代には恒星進化の理論的研究
の発展とあいまって、この方面の研究は急速に進展
した。1970年代には特異星大気内の運動、磁場、恒
星外層大気、連星の問題などの重要性が認識され、
高分散スペクトルによるこの方面の研究も進められ
た。また観測研究と相表裏して行われた恒星物理学
の理論研究も少くない。以下に、1960〜70年代の、
主なものを列挙する。
岡山の成果第一号として、昭和39年(1964)、大
沢清輝によって出版されたA型特異星(Ap星)のカ
タログがある。これは200個のAp星と250個のA型星
について、新しい分光分類を試み、またそれらの三
色測光の結果をまとめたものである。その過程で発
見されたAp型特殊変光星HD221568は、大沢の星と
通称されている。この星の測光および分光観測は、
大沢はじめ恒星分類部と岡山観測所のスタッフによ
って行われ、周期160日で明るさと色が変わること
がわかった。また小平桂一は、スペクトルと色曲線
の精密な解析により、この星の大気構造と化学組成
に関する新しい見解を導いた。
Ap星および金属線星(Am星)の研究はその後も
継続されて、マンガン型Ap星の紫外域におけるス
ペクトル分類、Am星の磁場の測定、Am星・Am型
食連星の連続スペクトルの研究、詳細な分光解析、
Am星の変光および視線速度の周期変化の発見など
多くの成果が残されている。
O型超巨星の分光観測とそのモデル大気による
解析は寿岳潤・高田昌英によって行われた。小平は
B型主系列星の詳細な分光学的解析を試み、視線速
度の観測から自転速度の遅い星は長周期の連星系で
ある可能性を指摘し、牛飼座ラムダ型星の化学組成
を決定し、また白色矮星シリウスBの分光学的研究
を進めた。
水素欠乏星について、成相恭二は、分光観測お
よびそのモデル大気による解析をもとに、化学組成
は主としてヘリウムであることを証明した。また、
Hα輝線の周期変化およびHα短波長吸収成分の長
時間変化を発見し、これらの変化を連星モデルで解
釈することを提唱した。末元善三郎はG・K型星の
電離カルシウムH・K輝線の高分解能観測および星
の彩層の微細構造モデルの研究を、近藤雅之は弱線
星の分光学的研究と化学組成の決定を、西村史朗は
バリウム星の分光測光と元素の定量を行った。西
村・石川雅章は楯座デルタ型変光星の連続スペクト
ルの研究を行った。
山下泰正は、炭素星について、つぎのような一
連の研究を進めた。すなわち、290個の炭素星の分
光分類および赤外色温度との関係、光電測光法によ
る炭素星の分光分類、SC型星の近赤外スペクトル
の解析、CH星・CH類似星の統計的研究などであ
る。
鯨座UV星などのフレアの長期モニター観測は
1967年以降、大沢・市村喜八郎らによって継続実施
され、観測結果およびそれらの統計的研究はその都
度発表されている。またフレア星の高分散スペクト
ル線のゼーマン効果の観測、1975年8月3日に起った
蜥蜴座EV星の大フレアの研究、フレア星のエネル
ギー放出特性の研究が行われた。連星については石
田五郎による実視連星系の視線速度変化の研究、成
相恭二によるAp型分光連星の軌道決定、触型、伽
型分光連星をふくむ諸連星の自転速度と公転周期、
第5章
東京天文台時代の観測研究
−東京大学百年史(部局史3,1982年発行より)