140 この小文では、おおむね1985年以降、特に改組 (1988年)以降の岡山天体物理観測所における研究 の概要を記述する。なお、初期の頃の観測・研究の 状況については、東京大学100年史の該当部分を抜 粋して転載した。また、各分野の研究の詳しいレビ ューは該当の研究者にご寄稿いただいているので、 それらをお読みいただきたい。以下では個々の論文 は特に明記しないが、その分野のレビューを参照さ れるか、あるいは巻末の論文リストを参照されたい。 太陽の観測は65cmクーデ型太陽望遠鏡を中心と して進められた。桜井隆氏を中心とするグループが 出版した論文は、データ集も含めて30編近くを数え るが、近年はベクトルマグネトグラフ(P119、“岡 山の太陽観測”牧田貢氏  参照)を用いた太陽面の 活動領域の研究が主流となっている。しかしながら、 地上観測のウエイトが減ってきた太陽観測の世界的 な動向と相まって、近年は65cmクーデ型太陽望遠 鏡の利用は限られたものとなり、共同利用からも外 されている。 太陽系天体の研究は比較的研究者やテーマが限ら れているが、渡部潤一氏を中心とするグループによ って彗星の観測が精力的に行われている。観測手法 は夜空の明るさにより可視域のニュートン撮像が不 利になるにつれて、OASISによる近赤外撮像へと移 行した。特に、1994年の7月に起こったシューメー カー・レビー第9彗星の木星への衝突という歴史的 なイベントでは、共同利用開始前のOASISを用いた 撮像観測で、世界でもっとも測光精度の高い貴重な データを産み出した(図5−1参照)。 恒星の分光観測は初期の頃から188cm反射や 91cm反射望遠鏡利用の主要テーマであり、スペク トル分類等が精力的に行われた。近年は高分散に重 点を移しながら、主に188cm反射望遠鏡クーデ分光 として継続されている。晩期型星については赤色巨 星の分光観測が多数行われ、特に炭素星の大気構造 や元素比量については重要な結果がえられた。また、 共生星や進化の後期にある星の質量放出や、惑星状 星雲への過渡期の現象についても、多くの研究成果 が挙げられている。 早期型星の観測では小暮智一氏、平田龍幸氏らに 第5章 近年の研究 図5−2 大質量星形成領域W51の近赤外線画像 図5−1 OASISが捕えたシューメーカー・レビー 彗星K核の衝突痕の光度曲線
141 よるBe星の観測が多くの成果を産み出したが(P148、 “星の分光観測:早期型星”平田龍幸氏  参照)、国 際キャンペーン等を展開しながら短時間変動を追跡 したりもしている。また、安藤裕康氏らにより吸収 線の輪郭の変化から非動径振動の研究が行われ、高 S/Nの分光観測の重要性が認識された。さらに、定 金晃三氏らは早期型特異星や金属欠乏星の分光解析 から元素組成を求め、宇宙の化学進化の道筋を明ら かにしようとしている。 連星の観測的研究も継続的に行われてきたが (P157、“測光連星の観測”北村政利氏  参照)、こ れについては北村正利氏による詳細なレビューをご 覧いただきたい。また、X線星の光学同定(1966年) (図1−9参照)に端を発した新星や変光星や突発 現象の研究についても、近年では微光星のカセグレ ン分光の結果をX線、赤外線、電波の観測と突き合 わせて、多面的な研究が行われている。なお、 HIDESを用いた高分散、高安定度のスペクトルか ら数m/秒の視線速度変化の決定が可能となり、惑 星系を持つ恒星の研究に新たな道を開きつつある。 星雲・星団等銀河系内の天体の研究も近年活発に 行われている。最近は偏光観測やOASISによる近赤 外撮像(図5−2参照)により星雲や星生成領域の 構造と進化を議論する研究が盛んである。また、堂 平観測所の閉鎖(2000年)に伴い、偏光観測の研究 者グループが偏光分光測光器(HBS)を岡山天体物 理観測所に移設し、主に91cm反射望遠鏡を用いて観 測・研究を継続している。 銀河や銀河団については、初期の頃は撮像観測が 頻繁に行われていたが(P159、“銀河の撮像観測” 高瀬文志郎氏  参照)、近年では188cm反射望遠鏡 カセグレン分光器による低分散分光にその主流が移 った。SNGとしての機能が付加され(P107、“SNG 物語”大谷浩氏  参照)、不規則銀河の速度場や中 心核の輻射場の研究が行われた。また、銀河面 (Zone of aviodance)に位置する銀河の観測から、 大規模構造に関する重要な情報がえらえた(P161、 “天の川に隠された銀河”斎藤衛氏  参照)。祖父江 義明氏のグループは多数の銀河の回転曲線を求め、 中心核やダークマターに関する新たな情報をえてい る。 活動銀河については、IRAS銀河やKUG(Kiso Ultrauiolet Galaxies)の追究観測が行われ、それら の素性を明らかにしつつある。また、谷口義明氏の グループは高分散分光をも用いて、活動銀河中心核 とスターバースト現象の関連を詳細に議論した。さ らに、西原他は口径的には多少無理のある赤方偏移 1.5前後の遠方のクェーサーの分光(図5−3参照) にまで手を伸ばし、ビッグバン宇宙の過去の情報を 探すことも試みられている。 以上天体を中心として岡山天体物理観測所におけ る研究を概観したが、観測所としてはカセグレン分 光器、OASIS、HIDES等を新たに製作・稼働させる ことで、時代の要請である高感度、高精度、高分解 能、広波長域の研究へ対応してきた。その結果とし て、(1)多波長域の観測の組み合わせ、(2)国際キ ャンペーン・共同観測への参加、(3)近赤外観測や 高分散分光への本格的な取り組み、等の研究へと実 を結んだ。多様な現代天文学研究の流れの中で、岡 山天体物理観測所はわが国の光学赤外線分野におけ る主要な観測データを長期間にわたって産出し、す ばる望遠鏡へと引き継がれるべき研究成果を出し続 けたということができる。 研  究 図5−3 クェーサーの近赤外スペクトル