148 岡山観測文献によれば、岡山天体物理観測所開設 以来の高温度星分光観測論文は欧文文献で約140程 度である。この内、岡山天体物理観測所創設グルー プ(大沢、西村、近藤、成相)による主として化学 組成異常星の研究が約20論文、次世代(石川、定金、 比田井、竹田等)の、化学異常星、通常星、超巨星 の化学組成研究が約20論文、北村グループによる近 接連星系の視線速度測定約10論文、京都グループ (小暮、平田他)およびその後の安藤、神戸との共 同研究によるB型輝線星の研究約40論文、北大馬場 チームによるスペックル(分光)関係の10論文がそ の主要部分を占める。 1980年代前半までは記録媒体は乾板であり、欧米 の数十cmの乾板による赤または青領域を一度に撮 るのに対して岡山クーデでは10cm程度の乾板を用 いて、波長域を分割、ないしは狭い波長域での研究 となったが、それでもその後のCCD検出器(2.5cm 程度)に比べると広波長域の為、低S/Nながら多数 の吸収線を利用した、成長曲線法による化学組成解 析のような研究に適していた。創設グループによる 研究は化学組成研究のみならず、当時盛んであった 恒星大気構造の研究を含む恒星物理の研究が行われ た。事実、岡山188cm鏡クーデ分光器による最初の 論文は成相(1963)による水素欠乏星HD30353の 吸収線毛布効果の研究であった。また、小平による 白色矮星(シリウスB、1965)や高速度星HD161817 の酸素組成の研究(1967)もこの時期になされた。 大沢による244個のA型特異星に対する分光分類と 3色測光に基づくカタログ(1965)は岡山初期の最 大の成果である。また、91cm鏡Z分光器による197 個のMK標準星および77個の特異なスペクトルを示 す星を集録した分光アトラス(山下、成相、乗本 1977)はその端麗な分光写真、カヴァーする分光型 範囲の広さの故に愛用されている。 特異星の研究は、石川のδSct型星δDel(1973)、 20CVn(1975)の化学組成分析、定金のA型特異星 73 Dra の研究(1974)により次の世代につながっ た。この頃よりモデル大気を用いた、いわゆる詳細 解析が標準的な化学組成分析手法として使われるよ うになり、その後NLTEモデル大気に基づく解析も 行われるようになった。化学組成の研究は定金、比 田井、竹田等により、超巨星、通常星にまで対象が 第5章 星の分光観測:早期型星 平田龍幸 京都大学宇宙物理学教室助教授
149 拡大され現在に至っている。化学組成異常星(Cp 星)の成因はいわゆる拡散理論により基本は確立し た。化学組成の今後の研究は、銀河系内の化学進化、 惑星をもつ恒星の研究に移るが、対象は当然ながら 晩期型星となる。 北村、山崎、中村、岡崎達による(高温度星を含 む)近接連星系の研究は1967−1990に行われ、当然 ながら視線速度測定に集中している。金属線星を含 む連星系の研究など特色もあるが、一般に連星の研 究は分光型で分けるのは不都合だし、測光論文も多 く、他の項に譲る。連星系の研究で特記すべきは、 馬場達の自作のスペックル観測装置(イメージング) をスペックル分光装置に発展させ連星系の分離に成 功していることである(1992−)。 高温度星星周圏の観測的研究は小暮のB型輝線 星、菊池の超巨星βOriの研究が始めで、共に1968 年に出版されている。超巨星については井上(1977) のα Cygの分光解析があり、よく引用された好論文 である。B型輝線星の研究は1970年後半より平田等 が加わり、京都グループにより研究されたが、28 Tauの長期モニター観測に基づく研究が多数ある。 B型輝線星の恒星活動現象を多角的に見るために、 可視域分光の他、測光、偏光、干渉観測、紫外域分 光などを併用しているのが特徴である。図5−10に は28 Tauの最近の成果から、伴星の摂動による星周 円盤面の回転(赤道円盤→軌道面円盤)の発見とこ れに基づく分光的変動の解釈を示す。1980年代後半 より、B型輝線星の質量放出機構をめぐって非動径 振動との関係を観測的に調べるべく神戸、安藤の三 鷹グループとの共同研究が始まり、これはやがて国 際共同観測の実施へと発展した。この研究はCCD 導入と期を一にしている。非動径振動に関連しては、 安藤はファブリーペロー干渉計を制作、星震学に適 用した(1988)。 現在も引き続き行われている高温度星の主たる研 究テーマは化学組成解析、B型輝線星、星震学であ る。前二者は、その分野では主要な研究サイトの一 つとして位置づけられていると思われるが、世界を リードしているわけではない。これは、中口径の共 同観測施設での限られた観測時間による面が大きい が、プロジェクト制の導入によりこれからはかなり の成果が期待される一方、研究集団の確立、周辺環 境の整備など課題も多い。また、泉浦等によるエシ ェル分光器HIDESの稼働により、高分散、高S/Nの 広波長域データ取得が可能となり、ファインな方向 での新たな発見が確実に見込まれる。明るい天体は HIDESで、暗い天体はすばるHDSで高分散分光観 測を行える良い時代に入ったと思う。 研  究 図5−9 188cm反射望遠鏡(1965年
第5章 150 図5−10 B型輝線星28 Tau (B8e)の星周円盤面の回転。 図は、 (a)偏光観測から得られた星周円盤回転軸の方向の時間変化(北から東まわりに測る)、 (b)星周円盤による吸収線の強度変化(プロットされている期間がshell phase)、(c)Hα輝線の強度変化、 (d)Hα輝線の等価巾とダブルピークの速度差(peak separation)の関係、を示す。 (d)の破線は星周円盤回転軸の視線方向との角度(傾斜角)をパラメーターとしてshell maximum以後をフィットした 結果で、数字は傾斜角を度で記した。(a)、(d)の二つの角度から、星周円盤の回転軸の空間移動がわかり、ほぼ天球面に平 行な方角(円盤はedge-on)から60度も移動した。(b)の吸収線強度の変化は円盤の成長の後、円盤面回転により光球を覆う 円盤射影面積が減ることにより吸収線強度は減少、ついには覆わなくなって輝線のみのBe phaseに移行したことを表す。(c) で輝線強度がshell maximumから急激に大きくなるのは円盤面回転により円盤の射影面積が大きくなることによる(d参照)。 この他、Be phaseになって紫外域高電離共鳴線(SiIV、CIV)が見え出すのは光球を覆っていた円盤が傾き、円盤以外を占め る恒星風が光球前面にきたことなど、未解釈の分光現象が自然に説明できる。円盤面回転は伴星(周期218日)による歳差運 動による。