36 ●気象データに基づく予備観測地の選定 74吋反射望遠鏡は全国的に使用するがその設置に 関する一切のことは東京天文台に一任する旨、天文 学研究連絡委員会で要望されたので、東京天文台で はこの望遠鏡を注文する会社として、今までかなり 深い経験をもつている英国ニウカッスルオンタイン にあるグラブ・パーソンズ会社に白羽の矢をたて、 概算見積書は既に昭和28年6月受領した。東京天文 台内には74吋反射望遠鏡建設のための委員会が出 来、同年12月1日初の会合を開いた。委員会の顔ぶ れは、宮地、広瀬、畑中、古畑、大沢、末元の諸氏 と私である。このような望遠鏡を設置する上に於て、 最も重要な問題の一つは据えつけるべき場所であ る。アメリカの大望遠鏡が置かれた場所が、永い期 間の綿密な調査の結果きまつたことは、よく知られ たことである。私たちは、愈々現実にこの大問題に ぶつかつたのである。 如何にして場所を選び出すべきか?いずれ天文学 的な予備観測をしなければならないが、どのように したらいいかといつたような多くの問題が、委員会 の検討の的となつた。予備観測に使用すべき望遠鏡 も問題になつた。場所を選ぶについて、一つの問題 は、それに要する費用、観測者等に制限がある以上、 いくつでも選ぶということは不可能であるから、か なり最初から精選しなければならない。全国的によ い場所を選ぶのに、天文観測の立場と純気象的な立 場とはかならずしも完全には一致しないかも知れな いから、その点を明らかにするためには、先ず気象 台に行つて相談するのがよいと考えられるので、私 たちは昭和29年3月16日中央気象台を訪ねた。川畑 観測部長、北岡高層課長、斎藤統計課長、太田観測 課長の諸氏が同席され、私たちは気象観測資料の天 文学的条件に対する関連についていろいろ有益な意 見をきくことが出来た。天文観測の好適地として充 すべき条件が気象要素とどのような関連をもつかに ついてはつきりさせるために、天文台の広瀬氏の 1950年から53年まで4ヵ年の写真観測状況の記録を 気象台に送つて斎藤氏に気象要素との関係を調べて もらうことにした。 その後地域的に、例えば大阪管区気象台長大谷氏 に岡山地方の気象についての資料を送つてもらつた り、測候所長会議のため上京の飯田、軽井沢、諏訪、 松本、長野各測候所長に特に集つてもらい、各地方 の状況をきいたりしたこともあつた。 斎藤氏の調査の途中、5月31日に再び気象台を訪 れ、進捗中の経過をきいた。同氏によれば、曇天日 数、積雪(25cm以上)、暴風日数、視程の悪い日数 等に従つて条件にそわない地域を落し、又その上、 暴風条件が悪くない、曇天条件が悪くない、視程条 件が悪くないという三つの積極的な条件を入れる と、地域は大分狭まり、瀬戸内等が有力になり、長 野地域は我々が最初に考えた程ではないことが判つ た。 以上のような概念的なことからは未だ結論は得ら れなかつたが、実地調査の第一歩として6月中に私 は長野地域に出掛け、上田、松本、飯田、諏訪、岡 谷の高地(標高700m〜1200m)を視察したが、そ の後斎藤氏の統計的研究がまとまり「天文観測好適 地の気候学的選定」という表題で論文が発表された。 (図1−24参照)。それによれば条件として、¡ の快晴日数の多いこと。星像の良好なこと、そ の一つの条件として風があまり強くないこと、£ 透明度があまり悪くないこと、¢積雪、高湿度、 海岸を避けることが考えられ、順位として1.東海 道  2.瀬戸内  3.関東西部内陸部となり、補欠 として信州特に南部の伊那谷があげられた。斎藤氏 によるこの三地域の長所と欠点は次のようである。 道 快晴日数が多く、特に視程が良いことが 強味である。しかし梅雨期には快晴がやや減ずる傾 第1章 サイト調査 岡山天体物理観測所設置場所の選定 藤田良雄(1956)「74 吋反射望遠鏡建設への道」天文月報、49巻、119頁より抜粋
37 向があり、夏期の湿度、冬期の風速が必ずしも最小 とはいえない。伊豆半島の先端部、御前崎等直接外 洋に面する地点は風速が強いから避けるべきであ り、また海岸から数km内では機器に対する塩害も 考慮しなければならない。しかし気温較差は小さく、 焦点調整には有利である。 内 瀬戸内でも東寄りがよく、西寄りは快晴 日数がやや滅ずる。年間を通じて風速が小さく湿 度も小さい点と、梅雨期の影響が小さく年間の快晴 日数が安定している点がよい。しかし、視程がよく なく、大気は清澄とはいえない。海霧の発生が原因 し、また盆地地形のため大気の移流による交替が行 われ難いためであろう。しかも大気の清澄度のより よい地点を求めて中国山脈の山よりに候補地を求め ようとすると、山脈が低いため北西季節風による曇 天が急に増すことを覚悟しなければならない。 西部 快晴日数が非常に多い。しかし それは冬に偏し、梅雨期には減ずる。風速は夏には 小さいが、冬季にほ前橋附近にはいわゆる上州の空 っ風が吹き、砂塵をまき上げるため視程はよくない。 気温の較差も前記地域に比して大きい。 以上から委員会は天文観測を実施すべき地域とし て静岡地方、岡山地方、長野地方を最終的に選び、 更に具体的な観測場所をきめるために、畑中氏は静 岡、広瀬氏は岡山、古畑氏は長野に出張し、調査の 結果 粟ガ嶽(標高430m)(静岡地方) 遙照山(標高400m)(岡山地方) 杖突峠(標高1200m)(長野地方) の3カ所を予備観測地に選んだ。 予備観測に基づく設置場所の決定 場所について研究する一方、委員会は予備観測の 装置についていろいろと検討をかさね、古畑氏の案 を骨子として望遠鏡、附属装置、観測方法、観測す べき事項を決定した。 望遠鏡は日本光学会社製の口径4吋焦点距離1.5m の屈折式で、北極に向けた固定据付とし、手札乾板 による写真撮影が出来るようにした。その場合乾板 を動かさないで撮る場合と、乾板を一定速度で移動 させて撮る場合を考慮した。眼による干渉縞の観測、 移動乾板によるシンチレーションの観測、乾板を固 定して周極星を撮影し透明度を観測すること等が目 的である。個人的な誤差をなくすために、観測は一 定の公式に従つて機械的に行い、3個所で得られた 乾板は天文台へ持ち帰つて同時現像すること等をき めた。 現地に赴いて望遠鏡を据え付け、簡単な観測小屋 をつくり、約1ヵ年間新月をはさんで毎月10日の観 測を行うことにして、始めての観測が開始されたの は昭和29年12月18日であつた。観測プログラムは次 のようである。 観測所と共同利用 図1−24 気象学的に見た天文観測好適地(白い部分)
38 1)干渉縞眼視観測p.m. 8h 0m〜 8h10m 2)移動撮影 8  15   〜 8  35 3)静止撮影 8  40   〜 9  40 4)干渉縞眼視観測 9  45   〜 9  55 5)移動撮影 10  00   〜10  20 6)静止撮影 10  25   〜10  20 7)干渉縞眼視観測 11  30   〜11  40 8)移動撮影 11  45   〜12  05 この外観測時の気象状況として温度(開始時及び 終了時)、平均雲量、雲の種類及び方向、平均風向、 平均風速を記入し更に当日の気象状況として雲、風 向、風速、最高温度、最低温度、積雪量等も記入す ることとした。 (中略) 試験観測結果について末元氏のまとめたものの大 要を次に述べてみよう。 観測の目的は星像のゆらぎ(シンチ レーション)の大小及び透明度の3地点間の相対値 をしらべることであつて、 a)シンチレーションの観測には対物レンズの前 に二つの半円形の穴をもつたダイアフラムを置 き、焦点から少し離れたところで二つの星像が 出来るようにした。シンチレーションによつて この二つの星像がお互に近よつたり、遠ざかつ たり、又二つとも一緒に上下左右に踊るのが見 える。これは移動乾板に撮影するとジグザグの 二本の線が得られる。この線が直線に近い程シ ンチレーションは小さくて星像は良好である。 (図1−25参照) b)透明度の観測には周極星の日周運動を一定時 間固定した乾板上に描かせて、ある定まつた星 の乾板上の濃度を3カ所でお互に比較した。 a)シンチレーション用の移動乾板上のジグザグ の線は、下保氏により投影式測微計で平均の直 線からのズレが測定された。その結果は次のよ うである。 [長野] [岡山] [静岡] 年平均値 3."7 2."0 2."7 最頻値 3"5 2"0 2"4 1"5以下の頻度 0% 21% 3% 即ち岡山が最良である。 b)透明度については周極星のうち測光に適した 2つの星を選び測微濃度計により濃度を測り、 それを光の強度に換算して、透明度に比例する 乾板上に到達した光量を出した。清水氏によつ 第1章 図1−25 シンチレーション測定用乾板。図は堂平観測所におけるシンチレーション測定結果で岡山観測所における測定と同様の手 法を取った。 古畑正秋・北村正利・香西洋樹(1959)「埼玉県堂平山付近の天体観測条件の調査」東京天文台報第12巻、235頁より
39 て求められた結果は次のようであり、二つの星 についてはよく一致した結果が得られた。 [長野] [岡山] [静岡] 年平均値 1.00 0.78 0.81 この結果は3地域特に著しい差はないが、長野 が高い。 c)極限光度ある星を乾板の上である濃さに撮 る場合に必要な露出時間を考えてみる。若しシ ンチレーション(S)が3ヵ所で同じならば、 露出時間は透明度(T)に反比例する。又若し 透明度が各地で同じならば露出時間はシンチレ ーションが小さい程短くてすむが、それには次 の様な関係がある。¡星及びスペクトルに巾 をつけないで撮る場合はS2に比例し、スペ クトルに一定の巾をつけて撮る場合は、Sに比 例する。よつて実際の各地の露出時間の相対値 ¡に対応してそれぞれ ¡星及びスペクトルに巾をつけないで撮る場合 ∝S2/T スペクトルに一定の巾をつけて撮る場合 ∝S/T となり、数値を入れた結果は 露出時間 [長野] [岡山] [静岡] ¡の場合1.00  0.37  0.65(星) の場合1.00  0.69  0.90(スペクトル) 即ち岡山で1時間の撮影で撮れるのが、静岡では 2時間、長野では3時間を要するという結果になつ た。 かくして天文観測から最適の地は一応はつきりし たわけであるが、場所選定について考慮すべき立地 条件としては、国土計画、鉱山の有無、土質、道路、 送電、航空路、飛行場、周辺市街地の明るさ、航空 燈台等の諸問題がある。これらについては私たちは 手別けして調査に当り、更に1月末には末元氏と私 とが岡山県の適当と思われる数ヵ処の高地、静岡県 の適当と思われる数ヵ所の高地を2週間にわたつて 踏査した。その結果以上のような条件を含めて、岡 山県の観測地遙照山の西方の竹林寺山を最適と認 め、6月には柘植東大営繕課長、大沢氏、私の三人 が現地を視察し、6月11日文部省から正式の発表と なつた次第である。 竹林寺山は岡山から倉敷、金光に通ずる国道を経 て鴨方から北方に県道を経て達することが出来る標 高約380mの山である。 観測所と共同利用